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FOREVER PRINCE

FOREVER PRINCE

何故私が連絡係になったのか?

☆こちらでは、管理人が韓国人俳優チャン・ヒョクさんを応援しはじめた
きっかけや、今まで連絡係をしてきた上での経験談をご紹介しています。
”芸能人を応援したいのですが、どのようにアプローチすれば良いか
分からなくて困っています”という方に、是非参考にしていただけたらと
思い書いたものです。決して自慢話をするためや、同情を買うために
書いたという訳ではありません。ただ現状を知って頂きたいと思い書いた
だけに過ぎません。その点、くれぐれも誤解のないようにお願い致します。

<何故私が連絡係になったのか?>

多分こちらを訪れた方は、”何故私がチャン・ヒョクさんの事務所と連絡を取っているのか”疑問に思っている方が多いと思います。私はファンクラブの会長という訳でもないし、そう思うのは当然だと思います。また、”ヒョギのファンサイトのマスターさんでもあり、日本で一番有名なチャン・ヒョクファンの韓国在住のYukiさんがやるのが筋なのでは?”と思っている方もいるのではないでしょうか。そこで、今日はこの場をお借りして、今までのいきさつについて説明したいと思います。

私がチャン・ヒョクさんを知ったのは、KNTVで観たドラマ「青春の疾走(原題:日差しに向かって)」がきっかけでした。ちょうどその頃スンフンオッパが韓国でTVに出演する機会が多かったので、オッパの姿を観たくてKNTVと契約したのですが、オッパの出演する番組は限られているので、残りの時間で韓国のドラマを観ていたんです。そのドラマの中の一つが「青春の疾走」でした。

「青春の疾走」にハン・ミョンハ役で出ていたチャン・ヒョクさんを観て、私は彼のことが気になって仕方がなくなりました。そしてそのドラマの後に始まった「明朗少女成功記」にハン・ギテ役で出ていたチャン・ヒョクさんを観て、完全にノックアウトされてしまったのです。”この人を応援するしかない”と勝手に決めこんだ私は、ヒョギの姿を観たいがために、KNTVのHPに”チャン・ヒョクさんのドラマを放送して下さい”とリクエストをしているような状態でした。

ちょうどその頃韓国に留学していたYukiさんが、現地で放送された「明朗少女成功記」を観て”チャン・ヒョクさんのことを日本のファンとも語り合いたい”という趣旨で「モモンガピンクーチャン・ヒョクー」というHPを作っていました。そのHPがKNTVのHP紹介コーナーに紹介されていたので、そちらの掲示板に”私も仲間に入れてください”と書きこみをしたのです。すると管理人のYukiさんがKNのリクエストコーナーで私のことを見ていたようで”お待ちしておりました”とお返事をくれてかなり歓迎してくれたのです。それがモモンガのYukiさんと知り合ったきっかけとなりました。

その頃のモモンガはまだ掲示板を訪れる人も多くなく、のんびりとした雰囲気でした。そしてYukiさんも私も”私達ってどうすればヒョギに会えるのかな?”とメールでやり取りするような状態で、まさか今のように皆さんに情報を発信する立場になるとは夢にも思いませんでした。

管理人のYukiさんは”韓国に留学するまで韓国語を一切勉強していなかった”ということだったので、”もし日本で本格的にチャン・ヒョクさんを応援することになったら、留学経験のある私が何かお手伝いをします”という話をしていたのが、私がモモンガをお手伝いするきっかけでした。

こんな何の情報もなかった私達にある日変化が訪れました。韓国のヒョギファンで日本語の大変お上手な方が”日本にもヒョギのファンがいるのですか?とても嬉しいです”と言って掲示板を訪れてくれるようになったのです。その方を通じて韓国のファンを紹介していただき、韓国で行われるイベントなどの情報を教えていただくことが出来ました。またその方以外にも、もう1人日本語の上手な方が時々遊びに来てくれたので、何の情報のなかった私達にとってはとても心強かったです。そのことは今でもとても感謝しています。

ただ私もYukiさんも”日本のファンで出来ることは自分たちでしたい”という意思があったので、サイン会の情報収集などは私が肩コリに悩まされながらも、慣れないハングル入力でメールを出し、なんとか情報を得ていました。そんな状態で初めて迎えたイベントが、2002年10月に行われたTHE FANのCOEX店でのサイン会でした。私は情報収集をしていたのにも関わらず、どうしても外せない用事があったので、そのサイン会には参加できませんでした。出来れば事務所の方や韓国と日本のファンやTHE FANの方、そしてもちろんヒョギ本人にも会いたかったのに本当に残念でした。

その後日本では私がなるべく情報収集をするようにしていたのですが、日本にいる私が情報収集をすることは限度があり、やはり韓国のファンにお願いして情報を流してもらっていました。

ところが11月のサイン会が終った翌週事態は急転します。2002年11月26日、韓国のファンに誘われて民族村のドラマのロケ地まで連れて行ってもらった際、幸運にもヒョギのマネージャーさんと会って名刺交換をすることが出来たのです。それをみた韓国のファンが私に向かって”マネージャーさんが名刺をくれたのだから、今後はあなたが直接連絡をしなさい。そうすればもっと早く正確な情報が得られるはずよ”といいました。その場に射合わせた別の方々も”そうしなさい”と言ってくれたので、それ以降私が日本から直接マネージャーさんに連絡をすることになりました。

韓国に留学していたとは言え、普段韓国語を使っていなかった私は、最初にマネージャーさんに電話した時はかなり緊張しました。おまけに来日直前なのに”まだフライトスケジュールが判らない”と言われ、どうしてもその言葉が信じられなくてかなり粘っていたところ、相手が”僕が嘘をついているとでも思っているのですか?”と怒り出だす始末。お互い顔を覚えていたとは言え、きちんとお話をしたことがなかったので、コミュニケーション不足もあったようで、相手の立場なども理解できず失礼なことをしてしまいました。後日マネージャーさんともっとズムーズに連絡が取れるようになったときは”韓国語随分上手くなりましたね”と誉められるまでになりました。やはり習うより慣れろという感じですかね(苦笑)。当時のマネージャーさんには、色々とお世話になったので今でもとても感謝しています。

そのような苦労を経て現在のマネージャーさんにも顔を覚えてもらい、なんとか連絡を取り続けているというのが実情です。”民族村に行かなかったら、多分今の自分はなかったんだろうな”と思います。偶然とは言えなんだか不思議なことですよね。

今日本にはヒョギのファンクラブというものが存在していません。今まで特にきちんとした組織がない状態で、たまたま私が得た情報をBBSに掲載していました。そのため通信費(国際電話代)はすべて私が立替ていました。(途中でYukiさんが半額出してくれましたが、、、)私は特に何か権限を持っているわけではないのですが、マネージャーさんから情報をもらっている関係上、守って欲しいことをかなりキツイ口調で掲示板に書きこみすることになってしまいました。そのことを皆さんがどう感じていたのかはよく判りませんが、多分”なんであなたに指示されなくてはいけないの?”と思っていた方も多いと思います。

またボランティアでやっていることなのに、何もしない人から色々と指図された時は、正直言ってむなしい気持にもなりました。そして私から情報を得て、あとは何も言ってこない人などもいて、人間不信になりそうにもなりました。マネージャーさんと連絡していることで、特に良い思いが出来るわけでもないので、かなりストレスも溜まり何度も辞めようと思いましたが、その度に色々な出来事があり、頼りにされていることを感じてしまい、なかなか辞められなくなってしまいました。そして現在に至るという状況です。

もし今後私のようなことがしたいという方に私から一言アドバイスするならば、”軽い気持では続けられることではないので、ずっと応援する自信がないなら、あまり深く関わらない方が良い”ということです。昨今の韓国ブームで色々な芸能人のファンが増えていますが、やはりサイトを起こしたり事務所と連絡を取ったりする場合は、それなりの覚悟が必要だと思います。皆さんもよーく考えてから手を出すようにして下さい。以上です。


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